鉄道車両とその光景

駅弁の立売りとスハ43系客車の取合せは、懐かしい昭和のありふれた光景...。でもココはどこ?

w02-ekiuri-doko.jpgこの写真は昭和45年12月26日に撮影した昭和の極々ありふれた光景です。
DF50ディーゼル機関車に牽引されたスハ43やオハ35の混合編成がホームに到着してその短い停車時間に、駅弁の立売りが「弁当〜弁当〜」と、ご当地自慢の駅弁を売り歩いている一コマです。

昭和の中頃までは、ごく当り前だった駅弁の立売りですが、最後まで頑張っていて、ついに2011年に引退したJR鹿児島本線『折尾駅』の5番ホームの山口さんを最後に、その姿を見る事はなくなりました。

長距離列車の窓が開閉出来なくなったことに加え、車内販売やホームの売店の充実もあり、効率の良さを要求される時代には相応しくなかったのでしょう...。昔が良き時代なのか、今が良い時代なのかは微妙なところです......。しかしまだ一部の駅では前もって予約をしておけばホームまで届けに来てくれる、ちょっと高価なお弁当は存在するようですが、昔の風情とは少々違ってグルメな世界のようです。

で、本題は懐かしい〜!では無く、実は「ここは一体どこの駅?」という事なのです。
43年前のこの日は中学の同級生と蒸気機関車の写真を撮る旅行の真っ最中で、前日に関西本線のD51やC11などを撮り、紀勢本線の紀伊田辺駅に近い旅館に宿泊、早朝に紀伊田辺駅の機関区で9600やC58を撮ってから『御坊臨港鉄道』や『有田鉄道』のディーゼルカーなどを撮影して、倉敷に向かう途中という事だけは、ネガの順番で判ってはいるのですが、ここが何駅かがさっぱり判りません。

日差しの感じから推測すると、この季節でこの影の長さはほぼ正午だと思うのですが...。だとすると、この日たどったルートとタイムスケジュールから、まだ紀勢本線の何処かで、しかもこのスハ43の乗降口の上に『南海』との表示があるので紀勢本線のエリアであることは間違いないし...。

ところで、この『南海』の表示は何?行き先の駅名?それとも列車名??...インターネットで調べてみると、海南駅はあっても南海駅はないし、この時代はもう横書きは左から読むし...、『南海号』なる列車もないし......、かつて国鉄と南海電気鉄道が、天王寺駅や難波駅から白浜駅や新宮駅間を、阪和線や南海本線・紀勢本線経由で乗り入れ運転をしていた急行列車があったという話があるので、その列車かと思ったら、それはたぶん気動車みたいだし...。
結局よくわからないけど、前後の写真に連続性も無く、決定的な物証はありませんでした。ただ自分でシャッターを押したのは間違いないので和歌山県の何処かだと思います。......と、いうことで昭和の立売りは懐かしいなぁというだけのお話になってしまいました。
古い写真の中には時々、ココはどこ?この人誰?的なものがありますがこの写真もその一枚です。

ココチモ