w01-kintetsu405-018.jpg上の写真は1971年(昭和46年)12月23日に撮影した近鉄生駒線の405形です。家の中を片付けていると時々古い写真が出て来たりして、「これって、いつ何処で撮ったのだろう?」と、しばし時間が止まってしまうことがあります。このモノクロ写真もそんな一枚です。

子供の頃から国鉄ファンで、私鉄への興味は京浜急行のみ、気まぐれに撮ったほかの私鉄の写真はほとんど記憶もなく、先日パソコンに入力して拡大してみて、行き先表示板に『生駒-王寺』とあったので、インターネットで検索したら『近鉄生駒線』であることが判明。もともと関西地区に疎いので、『生駒線』といっても何のことだか...。

当時はまだ中学生で、近畿・山陽・山陰に蒸気機関車の撮影のため前日の21日の東京駅発大垣行きの夜行ドン行で名古屋へ、そして関西本線に乗り換え亀山機関区など数カ所で撮影し天王寺から和歌山方面に向かう途中で、車窓に見知らぬ車輌が現れたので本能的にパチリとシャッターを切った次第なのです。そのころモノクロフィルムであっても決して安くなかったので、1カット1カットが貴重な時代。したがって前後の風景は全く撮っていないので、どこでシャッターを切ったか謎の一枚だったのです。

Googleマップで辿ってみると、近鉄生駒線と国鉄が並走しているのは王寺駅近辺だけなので、たぶん国鉄の王寺駅を出発して、すぐの車窓風景とおもわれますが...。現在の空撮で見ると天王寺方面の国鉄(JR)と、近鉄生駒線がこんなには接近していません。
なんせ43年ほど前の風景なので、「今はかなりの変貌を遂げているのだろうな!」との解釈で納得しようとしていますが、40年以上前はこの地区の路線形態が今とは全く異なっていたのかはたまた、この写真を撮影した時の自分の記憶が間違っているのか...。やっぱり謎の一枚です。

w02-ekiuri-doko.jpgこの写真は昭和45年12月26日に撮影した昭和の極々ありふれた光景です。
DF50ディーゼル機関車に牽引されたスハ43やオハ35の混合編成がホームに到着してその短い停車時間に、駅弁の立売りが「弁当〜弁当〜」と、ご当地自慢の駅弁を売り歩いている一コマです。

昭和の中頃までは、ごく当り前だった駅弁の立売りですが、最後まで頑張っていて、ついに2011年に引退したJR鹿児島本線『折尾駅』の5番ホームの山口さんを最後に、その姿を見る事はなくなりました。

長距離列車の窓が開閉出来なくなったことに加え、車内販売やホームの売店の充実もあり、効率の良さを要求される時代には相応しくなかったのでしょう...。昔が良き時代なのか、今が良い時代なのかは微妙なところです......。しかしまだ一部の駅では前もって予約をしておけばホームまで届けに来てくれる、ちょっと高価なお弁当は存在するようですが、昔の風情とは少々違ってグルメな世界のようです。

で、本題は懐かしい〜!では無く、実は「ここは一体どこの駅?」という事なのです。
43年前のこの日は中学の同級生と蒸気機関車の写真を撮る旅行の真っ最中で、前日に関西本線のD51やC11などを撮り、紀勢本線の紀伊田辺駅に近い旅館に宿泊、早朝に紀伊田辺駅の機関区で9600やC58を撮ってから『御坊臨港鉄道』や『有田鉄道』のディーゼルカーなどを撮影して、倉敷に向かう途中という事だけは、ネガの順番で判ってはいるのですが、ここが何駅かがさっぱり判りません。

日差しの感じから推測すると、この季節でこの影の長さはほぼ正午だと思うのですが...。だとすると、この日たどったルートとタイムスケジュールから、まだ紀勢本線の何処かで、しかもこのスハ43の乗降口の上に『南海』との表示があるので紀勢本線のエリアであることは間違いないし...。

ところで、この『南海』の表示は何?行き先の駅名?それとも列車名??...インターネットで調べてみると、海南駅はあっても南海駅はないし、この時代はもう横書きは左から読むし...、『南海号』なる列車もないし......、かつて国鉄と南海電気鉄道が、天王寺駅や難波駅から白浜駅や新宮駅間を、阪和線や南海本線・紀勢本線経由で乗り入れ運転をしていた急行列車があったという話があるので、その列車かと思ったら、それはたぶん気動車みたいだし...。
結局よくわからないけど、前後の写真に連続性も無く、決定的な物証はありませんでした。ただ自分でシャッターを押したのは間違いないので和歌山県の何処かだと思います。......と、いうことで昭和の立売りは懐かしいなぁというだけのお話になってしまいました。
古い写真の中には時々、ココはどこ?この人誰?的なものがありますがこの写真もその一枚です。

70kei043doko.jpg東海道本線の神奈川県か静岡県のどこかだと思うのだけど......。

時は昭和40年代。場所は直流電化区間で私鉄と国鉄が同居する駅。
その当時乗った区間は、東海道本線、上越線、信越本線、北陸本線くらいなので、その中で推測すと、東海道本線が最有力候補。

もし仮に東海道本線だとすると、海に面した地域では全般的に下り線の進行方向右側に、ほぼ山や丘があるので、この写真は下り列車の車窓から島式ホームの上り線の70系近郊型中距離電車と、その山側にホームを有する私鉄。と、いうことになりそうです。

そして写真の右下は、たぶんホームの端のスロープなので、自分の乗っている列車は駅に入線したところか、あるいは通過するところかです。
人の気配があまりしないので、どうやら日曜日か、あるいは平日でも通勤時間帯ではなさそうです。70系もドアが閉まっているので、発車したところか、回送が停車しているかです。
とにかく今となっては、あまりに古すぎてGoogleマップで探してみても同じような立地条件が見つかりません。もし東海道本線以外の路線だとすると......。ますます謎は深まるばかりです。

しかしいつどこで撮ったかは、わからないけれど、自分にとって何かとっても貴重な一コマです。

古いアルバムを開いてみると、こんな写真が時々あります。古い記憶を辿ったり、いろいろな想像や妄想を広げるのも楽しいものです。
中には、よく撮っておいたなぁ!なんて写真もあるので、追って紹介して行きます。

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上の記述の疑問の答えを、駅弁の掛け紙を収集するのがご趣味という
静岡在住の方が、ご丁寧に教えてくださいました。

場所は、中央本線の大月駅とのことです。......そういえば中学の修学旅行で長野県を巡ったことがあり、たぶんその時の一コマだと思われます。修学旅行ですので、当然車内は『動物園』+『遊園地』状態で、シャッターを切った事さえ記憶にありませんでした。

画像の中のバックの「桂川館」は数年ほど前まで大月駅で駅弁を販売していたお店だそうですが、
経営者の方がご高齢のために廃業になったそうです。また後ろの電車は『富士急行』とのことで、
大変勉強になりました。ありがとうございました!

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ココチモ