IMG_4330sssssss-main-oomori-kaizuka.jpg2016年4月1日。東京の満開宣言の翌日ですが、大森は満開の一歩手前で、まだまだ莟も目立ちます。ここはJR大森駅から品川駅方面に池上通りを歩いて、5〜6分のところにある『大森貝塚遺跡庭園』です。

毎年この時期、園内は保育園の子供達や、近所のママ達が子供を連れて集り『花見ランチ』をしていて、とてものんびりとした良い雰囲気の憩いの場所です。

上の写真は園内東側から東海道本線と大森の街を見下ろした光景です。シャッターを切っていると、ちょうど251系『スーパービュー踊り子号』が通り過ぎて行きました。手前の桜と、線路の向こうの桜並木の間を走るロケーションは、期間限定の『花満開のラッピングトレイン』にぴったりの光景でした。

IMG_4243sssss-kaizuka-palk.jpgIMG_4248sssss-oomori-kaizuka-palk.jpg『大森貝塚遺跡庭園』は年間を通じて休園はなく、いつでも気軽に無料で入園出来ます(通常/9時〜17時、7〜8月/9時〜18時、11〜2月/9時〜16時)。園内には多くの樹木や30分間隔で噴出するミストの広場、またこの大森貝塚を発見し、発掘調査して大いなる功績をあげた、動物学者エドワード・S・モースの像もあります。
ちょっとした高低差のある敷地は、満開の桜の風景に変化を醸し出していて絶好のお花見ポイントになっています。
またJRに面していて撮影ポイントとして鉄道好きに嬉しい庭園です。

IMG_4266sssss-oomori-kaizuka.jpgIMG_4285sssss-oomori-kaizuka.jpgまた庭園の脇ににある歩行者用のトンネルを通って、JRの東側に抜けたところには、線路沿いに長く続く『大井水神公園』があり、桜並木の光景が素晴らしいので、そちらも一度訪れてみる価値があります。

IMG_4402sssss-oomori.jpgIMG_4398ssss-oomori.jpg嵐さえなければ、4月の5日(火)〜6日(水)くらいまでは桜の花は保ちそうです!

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IMG_6293sssss.jpg都会の複雑な造形物の中で、ひときわ『かがやき』を放つシンプルで存在感のあるフォルム。広大な面積の単色のほっぺたは、悪戯に未来的ではなく、静けさの中に和のこころさえ感じさせます。
この写真は開通してちょうど一ヵ月が過ぎたの4月14日に東京駅の21番線ホームでの一コマです。
と、いうことでとうとうE7系『かがやき』に乗車しました!妻が...。
午前8時44分東京発・金沢行き『かがやき』521号。残念ながら今回は富山出張だったので終点の金沢までの乗車となりませんでしたが、揺れも少なく静かで快適な乗り心地だったようです。

IMG_6300sssss.jpgIMG_6311sssss.jpgとなりの22番線ホームで発車を待つ未来的なフォルムのE5系『はやぶさ』と比べても、最高速度の大きな違いこそあれ、E7系はシンプルなデザインで、歴史と伝統の町・金沢に向かうにふさわしい大人な仕上がりになっていると感じます。もちろん1964年に登場した初代新幹線『0系』に比べれば、大胆で未来的なフォルムで、その当時の未来予想図がその具現化したような感があります...。

IMG_6281sssss.jpgIMG_6318sssss.jpgIMG_6319sssss.jpgIMG_1195.JPG
観光路線の枠を超えビジネス路線としての伸びも考慮して、車内には全席に電源コンセントが設置され、後発の新路線なので初代の車輌から最高のサービスと快適性が備わっているようです。ちなみに東海道・山陽新幹線のA700系『のぞみ』に設置してあるような喫煙ルームは無く、全車両禁煙になっているようです。

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DSC04607ss.jpgこの居住性は秀逸だ!さすが国産高級車の椅子の技術を投入しただけの事はある!
ということで、この写真は2015年2月に偶然立寄った東京ドームシティ・プリズムホールでの一枚です。
北陸新幹線の開業を記念して石川県の名産品を紹介していた『加賀・能登・金沢 いしかわ伝統工芸フェア2015』の会場の一角に、立派なブースを設けて北陸新幹線E7系グランクラスの椅子の試乗会を開催していたので思わず越しかけてみました。

DSC04600ss.jpgDSC04603ss.jpgDSC04615ss.jpg

座面や背もたれは、国産高級車のシートと比べやや柔らかめの設えで、車よりも揺れが少ないためか、ホールド感は控えめで、逆に体の動きの自由度を高くした設定に仕立ててあり、ゆったりとした形状でした。当然質感はかなり高く、国産高級車というよりは、むしろその質感は英国車の『ジャガー』のような風合いのもので仕立てのしっかりした椅子でした。
上手に格納されていたテーブルも、広げるとかなりスペースは広く、リクライニングは右肘掛け先端に設置された集中操作盤の大きめのスイッチを軽く押すだけで簡単に調整できました。そして自由に角度が調整できる読書灯も備わっていて、2時間半の短い旅にはもったいないと思うくらいの豪華さでした。

DSC04573ss.jpgDSC04598ss.jpgDSC04644sssss.jpg

また会場では石川県観光PRマスコットキャラクター「ひゃくまんさん」と「ミス百万石」も、観光PRに参加していて、会場を盛り上げていましたが、「ひゃくまんさん」の動きには、かなり制約がありコミュニケーションが取りづらそうでして、「ミス」の二人とのやり取りもどことなくチグハグでした。しかし他県のそれとはひと味違って、加賀百万石らしくどこか品格のある『ゆるキャラ』でした。

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chuukiyoIMG_5872sssss.jpgここは新幹線の聖地、東京駅。奥から東海道新幹線700系、上越新幹線E2系、上越新幹線E4系、東北新幹線E5系、そしてデビューしたての新人アイドル、北陸新幹線のE7系です。
1964年(昭和39年)の東海道新幹線の開通当初に、こんなSFのような東京駅の光景を誰が想像できたでしょうか...。...しかしE5系の鼻がちょっと長過ぎて構図的にイマイチなのが気になるりますが...。それにしてもこうやって並んでみると壮観です。

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そして、もう一枚の写真は2006年の10月に北陸本線の特急『はくたか』の車内から『越中宮崎駅』の通過時に撮った光景で、『北陸新幹線にのりたいな』のキャッチコピーに大きな期待が寄せられている様子が伺えます...。が、長野新幹線と同じE2系が描かれていて、ほとんど希望に溢れた未来感がないところが現実的な感じがして、『夢の超特急』世代としては、何か物足りない看板でした。

『北陸新幹線』は、東海道新幹線が開通した直後の1965年に構想が発表され、1998年に長野・金沢間が着工しましたが、この写真を撮った頃は、トンネル工事などが先行したためか、北陸本線沿線ではまだ工事の様子はほとんど見受けられず、金沢駅での受け入れ態勢が整っていた以外、金沢に向かう道すがら、なんとなく線路の左側に空き地が多いなぁ〜、という感じくらいでした。
それが今や金沢まで開通し、大人気の路線になって、目出たし目出たしです!ただ第三セクターになった在来路線の今後が少し気がかりですが...。

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kuha4812005DSC02359sssss.jpgこの写真は、2006年10月21日に金沢駅で撮影した1枚で、中間車輌でグリーン車だった『サロ481』をパノラマ先頭車輌に改造し、1989年3月11日に登場した北陸本線特急「スーパー雷鳥」の運転開始とともにデビューした異色の存在、クロ481パノラマグリーン車です。

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80年代の初頭に登場した国鉄381系の改造パノラマ先頭車同様、運転席を客室より少し下げ、客席から仕切りのガラス越しに運転士の後ろ姿とともに進行方向の風景がパノラミックに楽しめる構造でした。
小田急や名鉄の元祖パノラマカーのように運転席を2階に設けるような本格的パノラマ先頭車に改造をした165系やキハ183系とは違い、簡易的なパノラマカーですが、今までの485系からは想像もできないデザインに仕上がっていてビックリしたものです。国鉄がJRになり経営の健全化を図っている時期で、利用客獲得のための最大限の努力なのだと感じました。

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20年以上に渡り北陸路を駆け抜けたクロ481は、2011年3月12日のダイヤ改正で全車廃車になったようです。そして今では北陸新幹線も金沢まで開通しJRの利用客も増加し、富山や金沢は注目の観光地になっていますが、JR北陸本線から第三セクターに経営が移行する、金沢から直江津までの『IRいしかわ鉄道』、『あいの風とやま鉄道』、『えちごトキめき鉄道(日本海ひすいライン)』の今後の成り行きが気がかりです。
もっぱら通勤路線になるようなので、金沢から新潟に直行するには大変不便になるようです。

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DSC04386ss.jpg東海道新幹線が開通した当時の1960年代に、流線型の顔同士が向い合わせで連結され運用されることなど誰が想像したでしょうか...。昭和30年代に子供だった『夢の超特急』世代にとって、これはあるまじき行為に他ならないのであります。
この写真は2012年8月の東京駅21番線で長野新幹線の『あさま563号』に乗る前に撮影したもので、まさに『夢の』から、合理化という『現実』に引き戻された1枚です。

このE5系とE3系のラブラブな感じは『夢の超特急』世代には脱力感を覚えさせられる光景で、格好悪いというか不気味というか...。でも慣れてくると結構ハマってしまい、不思議な面白さがあります。日本が世界に誇る技術の粋を結集した新幹線なのに...。
こうなるとノーマル編成の『あさま563号』のE2系が、妙に寂しげな表情で、嫉妬しているようにも見えてきます。

DSC04357ss.jpg2枚目の写真はE2系が入線する前に停車していた上越新幹線E4系ですが、この大胆な曲線同士が向かい合うと、これがまた圧巻なのです。
北の新幹線が乗り入れるようになってから東京駅は、さながら動く鉄道博物館の様相を呈しています。
雑誌などではヨーロッパの高速鉄道でも良く見かける光景ですが、ここまで流線型がシャープだと圧倒されます。理想的な空力フォルムと合理的な運用方法が作り出した昭和の国鉄時代にはなかった新しい鉄道の風景です。

高崎駅20120808スクリーンショット-2014-05-28-12.43.58.jpg3枚目の写真は高崎駅でのE4系『Maxたにがわ』と『Maxとき』の日常的に見られる連結風景です。東京駅では連結されたままで入線しそのまま出発してしまいますが、ここ高崎駅では、駅員さんがトランシーバーを片手に「前オーライ!前オーライ!2メーター。1メーター。やわやわ、やわやわ、やわやわ、やわやわ、〜停まれ、停まれ、停まれー!!」と、指令を運転手さんに出して連結させている光景が見れます。
線路上に係員がいないので、何となく不思議な感じがします。普通は(昔は?)作業委員が旗を振って合図をし、連結後には手で連結器を触って、正しく連結されたかを確認し、ジャンパ線を繋いだりと一連の動作があったのに、新幹線の連結のなんと淡白なことか...。「技術は進歩していますなぁ。」と感心してしまった次第です。一度見に行ってみては...。

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DSC06578main-ss.jpgドクターイエローを見る事が出来たら幸せになれるって?本当かなぁ?...だとすると『東海旅客鉄道(株)仕業車両所新幹線検修庫』にお勤めの皆さんは、幸せで幸せで仕事も投げ出して踊りまくっているかというと、そんなことはなさそう...。
しかも当の本人の、923形0番台T4編成のドクターイエロー君は、疲れ切ってぐったりと寝ています。

自分は毎週日曜日は大井埠頭で自転車ロードレースのトレーニングに行くのでこの八潮にある『東海旅客鉄道(株)仕業車両所新幹線検修庫』の跨線橋を通りますが、そこにはいつもドクターイエローが停まっています。橋の上には必ず何組かの親子連れがいて、新幹線の入替えやJRFの貨物列車を眺めていますが、その光景を見ていると確かにみんな幸せそうです。ドクターイエローは御利益があるかも...。

DSC06545ss.jpg昭和39年(1964年)10月1日の東海道新幹線の開通の一番列車を高台にある自宅のベランダから手を振って見送って以来、数えきれないほどドクターイエローを見てきましたが、果たして御利益があったのか?なかったのか?
開通当時によく見ていたその初代の『新幹線電気軌道総合試験車』922形0番台T1編成には、まだドクターイエローなる愛称はなく、普通に『軌道試験車』と呼んでいたと思います。このドクターイエローの愛称が定着したのは1970年代半ばだと記憶しています。
DSC06567ss.jpgDSC06548ss.jpgこの922形0番台T1編成は、昭和37年あたりのポスターや、学研の『科学』や、絵本などで多くの人が見た、当時の世界最高速度となる256km/hを記録した、俗に言う『夢の超特急』の試作車を流用したもので、当初前面窓は2本のピラーで仕切られた曲面の3枚ガラスでしたが、『軌道試験車』として改造された時には初代の新幹線営業車輌0系と同じ平面ガラスの2枚窓に変更されていました。

DSC06574ss.jpgということで923形0番台T4編成のドクターイエロー君は、『東海旅客鉄道(株)仕業車両所新幹線検修庫』に居ますが、いつもいつもここに居るとは限らないのであしからず...。でも、やっぱり旅行や出張の時に、駅で偶然に見るからラッキーだったりとか幸福感がある訳で、『仕業車両所新幹線検修庫』まで足を運んで見てしまうと偶然性がなくて、御利益は無いかもしれません。
尚、『Googleマップ』の検索窓に『東海旅客鉄道(株)仕業車両所新幹線検修庫』と入力するとドクターイエロー君が見れますが、面倒な方は下の『Googleマップ』の下の『大きな地図で見る』を開いてご覧あれ!
DSC05900ss.jpgちなみに自分は毎週、八潮の隣の大井埠頭で前身イエローで、イエローのマシンに乗ってトレーニングをしています。ドクターイエローとはなんの関係もないけど...。


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web-01-kiji-main-151kei.jpg2012年10月、約100年ぶりに開業当時の姿に復刻して話題になっている東京駅ですが、左の写真は昭和35年の東京駅ホームの写真で、東海道本線のビジネス特急「こだま」と、急行列車を牽引する蒸気機関車が並んで出発を待つ姿です。
東京駅に蒸気機関車が停まっているのに、取り巻きがいないどころか誰も見向きもしていない所が、笑ってしまうほど昭和30年代を感じさせます。

web-01-kiji-sub-tokyo-s.jpg時あたかもスピード化時代で、技術力も生産力も消費も先進国と肩を並べ始じめた日本。一時代を牽引してきた蒸気機関車と最新鋭の電車特急が並ぶ光景は、時代の変わり目を象徴するひとコマです。

この『こだま』の151系は昭和33年に誕生した特急車輌で、第二次世界大戦が終戦して間もない混乱期の、昭和24年(1945年)に鉄道省(省線)から日本国有鉄道鉄道(国鉄)になった際に、鉄道近代化の構想が練られ、当時の最新技術を結集して作り上げられた夢と希望が詰まった乗り物でした。

昭和26年には日本航空が国内線を就航したり、国の高速道路網計画が発表されるなどして、当然のことながら国鉄にも長距離輸送の高速化が求められたのです。そこで今までの機関車による客車牽引ではなく、幅の狭い国鉄の線路でも安定して走行できる動力分散型の電車の開発に全力が注がれたました。

それまでは電車は騒音と振動がひどく長距離列車には不向きでしたが、80系湘南電車や空気バネ台車の試作車の90系、小田急電鉄の初代ロマンスカーの開発で蓄積した技術を基に、昭和32年から1年間の短期間で、後の新幹線0系にも通用するほどの近代的で快適な車輌に仕上げたのです。
防音設計のモノコックボディーや最新技術の空気バネを採用したり、また快適性を向上するため、パーラーカーやビジジネススペース、列車電話、ラジオなども投入され、ビュッフェ(食堂車)には冷蔵庫、ジュースクーラー、電熱式酒燗器、エアタオル、エアコン(ユニットクーラー)など国民的あこがれの電化製品が満載されました。また、昭和33年5月には完成イラストも発表。併せて愛称も公募され、東京・大阪間を日帰り出来るという所から、行って帰って来る『こだま』に決定したのです。

web-01-kiji-sub-151kei.jpgweb-01-kiji-sub-181kei.jpg初の営業運転は開発に慎重を期した為に予定より1カ月遅れの昭和33年11月1日でしたが、その後日本の高度成長の象徴として昭和39年の東海道新幹線の開通まで力強く走り続け、改良を加えられ181系になってからも山陽本線や上越線などで在来線特急として活躍をしました。
高速鉄道網の新幹線も充実し、東京駅もリニューアルした現在では、冒頭の写真の光景は遥か彼方の昔話しですが、夢と希望が満ちあふれていた時代を思い出させます。

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